目次
はじめに
ケースメソッドを理解する手がかりとして、1954年に出版された『The Case Method at the Harvard Business School』の翻訳である『ケース・メソッドの理論と実際』を利用しながら、デューイング、グラッグのエッセイを読んできた。
今回は、この本の編者でもあるマクネアー(Malcom P. McNair)が書いたエッセイ「Tough-Mindedness and the Case Method(柴田典男訳:硬い心とケース・メソッド)」を題材にケースメソッドとは何かについて論じていく。
著者の略歴
マクネアーはニューヨーク州ウェストスパルタに生まれた。1919年、ハーバード大学の英文学の大学院生だったマクネアは、コープランド教授の授業に参加している学生が書いたマーケティングレポートの文法を添削していた。コープランドは当時、HBSでケース開発部局のトップとして、ケースの収集と開発を行っていた。小売業に興味を持っていたマクネアーは、コープランド教授の勧めで、シェークスピアの勉強をやめて、1920年にハーバード・ビジネススクールの教員となった。
マクネアーはコープランド教授やHBSのディーンであったドーナムを補佐し、ケースメソッドの開発に携わった。HBSの歴史を執筆中のジェフリー・L・クルイックシャンクによれば、彼は文学のバックグラウンドを持ち、ケースメソッドに「思考の明瞭さと表現の簡潔さ」をもたらしたという。
マクネアーは教授として、小売業を専門にしていた。また、政策やビジネス経済学も教え、数年間はマーケティング部門の責任者も務めた。1950年には初代リンカーン・フィリーン小売業教授に任命され、1961年までその職にあった。そして1963年にハーバード大学の教壇を退いた。
1954年の『The Case Method at the Harvard Business School』が出版された当時、マクネアーはHBSのケースメソッドの中心にいた人物と言ってもよいだろう。その彼が、1953年2月に行われた経営幹部向けのセミナーに参加した経営者や上級マネージャーたちに向けて、最初の会合で演説した内容をまとめたものが、「Tough-Mindedness and the Case Method」である。
「Tough-Mindedness and the Case Method」の概要
「Tough-Mindedness(硬い心)」とは何かについてマクネアーはエッセイで何度も繰り返している。マクネアーは「硬い心」とは「様々な知的能力の強靭さ、精神の頑健さ」であり、「本質的には様々な事実を把握し、われわれがそれらを知的で大胆な行動の基盤として用いることを可能とするような態度、資質および訓練を意味している」と述べている。
この「硬い心」は誰が持つべきなのかという点になると、マクネアーが想定してる対象は教師であることが、このエッセイを読んでいるとわかってくる。当時、セミナーに参加していた人々は面食らったのではないかと想像する。セミナー開催の最初の会合で、教師は硬い心を持たなくてはなならない、という話が滔々と語られるのであるから。
マクネアーはこの会合を利用して、HBSのケースメソッドで教える講師たちに向け、「硬い心」を持つようにというメッセージを発信したかったのではないかと想像できる。
ケースメソッドで教える講師が持っていなくてはならない心構え
ケースメソッドで学ぶことには正解がないと言われる。ビジネスで起きる様々な問題はその時その場所で起っており、ケースで学んだことがそのまま活用できることはほとんどない。これは確かに正しい。しかし、だからこそ、講師は明確な教育目的を持たなくてはならない。これがなくては、ただ議論するだけになってしまい、講師がいる意味も、議論した意味もなくなってしまう。では何を教えるのか。ケースメソッドでは授業参加者が将来問題に直面した時に問題に対処できるように訓練を行うのである。「硬い心」は講師の良心ということもできる。議論に参加する人たちに向け、今日の議論でこれだけは掴み取ってもらうという覚悟とも言える。
安易な授業運営を戒めるマクネアーの力強いメッセージである。
おわりに
デューイングのエッセイから、ケースメソッドは講義ではなく訓練であるという力強い理解を得た。また、グラッグのエッセイからは、叡智は教えることはできない、だからこそ学生たちとの協働による学習を行わなくてはならず、そのための努力を講師は怠ってはならなに、ということもわかった。そして、マクネアーからは、正解がないと言われるケースメソッド授業を行うのだからこそ、講師は教育目的を明確に持たなければならないことも見えてきた。
ケースメソッドとは、これによる学習を成立させるためには様々なことをやらなくてはならない。非常に手間のかかる教育の手法である。HBSが起源と言われるケースメソッドという手法はどのように始まったのであろうか。そんな疑問に答えてくれるのが、マクネアーの師であり、HBSでのケースメソッド実践をその最初期から支えたコープランドの『The Genesis of the Case Method in Business Instruction(経営教育におけるケース・メソッドの生成)』である。次回はこのエッセイを取り上げて、ケースメソッドへの理解を深めていきたい。
参考文献
マクネアの略歴については以下のサイトを参考にした
https://www.nytimes.com/1985/09/10/us/malcolm-perrine-mcnair-90-retailing-expert-at-harvard.html (2021年5月26日にwebサイト確認)
Malcom P. McNair(1954),”Tough-Mindedness and the Case Method” in McNair,Malcom P. (ed.)The Case Method at the Harvard Business School,pp.15-24, McGraw-Hill.(紫田典男訳(1977)「硬い心とケース・メソッド」慶應義塾大学ビジネス・スクール訳『ケース・メソッドの理論と実際』23-36頁、東洋経済新報社)
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